あなたのために。-光と影-
しばらくの間、病室内は私が鼻をすする音と、日向が私の背中を撫でる度に服が擦れる音だけが聞こえていた。
「…小夜ちゃんどう?落ち着いた?」
「…スンッ……うん、大丈夫」
ゆっくりと日向から体を離して、真っ直ぐに日向を見つめる。
特に面白い顔をした訳じゃないのに、日向は私の顔を見てふっと笑みをこぼした。
そして人差し指で私の鼻を軽くつついた。
「ふふ。小夜ちゃん、鼻真っ赤だよ?」
「…う、うるさい」
目を逸らして鼻を隠せば、また日向が笑っている声が聞こえた。
ベッドサイドにある椅子に座っていた環の隣に座って、日向に今までのことを話した。
とはいっても話したことと言えば、自分がNo.1のキャバ嬢に上り詰めて今まで以上に頑張って働いていることくらい。
蓮条楓への復讐をして失敗したこと、同じ店で働くキャバ嬢に襲われたこと、そして奴の妻になったことは話してない。
話せば日向はきっと心配をしてくるに決まってる。
日向には私のことなんか気にせず、自分のことだけを考えて自由に生きて欲しいから。
「…頑張ってるのはいいけど、小夜ちゃん無理してない?
前見た時よりも痩せてるように見えるよ?
小夜ちゃんが痩せるのは決まっていつも嫌なことがあったり思い出したりすると、ストレスで食事が喉を通らないからだったよね。
……小夜ちゃん、何かあったんじゃないの?」
そんな私の願いとは裏腹に、日向は鋭いところを突いてきた。
嫌なことは奴の妻になったことくらいだけど、そのせいで食事が喉を通らなくなった訳じゃない。
真姫達によって怪我を負って奴に救われた後、忘れていた記憶を思い出すかのように見た夢のせいで最近食欲がない。
あの男を思い出す度に、吐き気がする。
逃げる私を捕まえる男の白い腕を思い出す度に、吐き気がする。
拒絶しても生理的な反応によって熱くなっていく体に、吐き気がする。
その記憶は断片的だけど、昨日のことのように鮮明に映し出されている。
「…小夜ちゃん?」
日向に名前を呼ばれたことで我に返る。
日向は眉をハの字にして私を見つめている。
ダメ。
日向にあの時のことを思い出させてはいけない。