あいつが好きな、私の匂い
わたしのアパートに入り浸っている早坂大悟(ハヤサカダイゴ)は5歳年下の大学生で、わたしの弟の悠馬のともだちだ。
現在実家暮らしの悠馬に「姉ちゃんのアパートからガッコ通ったほうが楽」と言われて勝手に一人暮らしの城に入り浸たられるようになり、まるでおまけのようにこの大悟もわたしの住まいに出入りするようになった。
以前は必ず悠馬とセットで来ていたのに、最近ではひとりでもふらりとアパートに訪れる。
今日もバイト先で廃棄になったという賞味期限切れのプリンを手土産にして、夜も10時になろうかという遅い時間にやってきた。
「理沙ねえ。夕飯何食った?」
うちに来たときのお決まりの文句だった。
「ちょっと大悟、あんたコンパで飲んで来たんじゃなかったの?」
「飲むばっかであれだけじゃ食ったうちに入らない。腹減った」
そう言って勝手知ったる気安さで部屋にあがってくる。
弟の悠馬もこの大悟も、旺盛で無遠慮な食欲でうちに来るとあるものみんな食い荒らしていった。おかげで女の一人暮らしだっていうのに、食費がやたらとかさんで迷惑なことこのうえない。
「だったらこんなとこで道草食ってないでさっさと家帰りなさいよ」
「ん、けどさ。理沙ねえの作るもん超うまいし。手料理食いたい」
邪険にされているというのに、大悟はにっと笑う。
たちまち大人っぽい顔が20歳の歳相応に幼く崩れる。澄ましていればもっといい男に見えるのに。無邪気な子供みたいなその表情では、いい男風の外見が台無しだ。
今カノの前に付き合っていたものすごい美人だった元カノにも「もっとクールな男だと思っていた」と幻滅されてフラれたらしい。
「で、今日なに?」
「……ほんと、悠馬も大悟も穀潰しもいいとこよね」
「なんかウマそうな匂いしてるけど?」
迷惑な顔を隠しもしない私に、大悟も悪びれる様子がない。私の話なんて聞く気もないし、私に何を言われても気にもならないらしい。
最近の大学生って、どんだけ心臓強いのだろうか。
「……お鍋そろそろ温まったんじゃない?あとは自分でやってよね」
火にかけてあったお鍋からはコトコトと規則的なリズムが聞こえていた。大悟はキッチンに駆け寄ると、「お。ミネストローネじゃん」と嬉しそうな声を上げる。
「俺これすっげーすき。ありがと理沙ねえ」
大悟がお鍋のふたを持ったまま、にっこり笑いかけてくる。
--------この馬鹿。スープごときで安売りしてんじゃねーよ。
その笑顔に毒づいてやる。
「さっさと食べて帰ってよね。こっちは明日も仕事なんだから」
「うん、分かってるって」
生返事をする大悟はもう器の中のスープに夢中だ。
「うまっ。やべー。理沙ねえの料理ハンパねぇし。マジ惚れるわ」
「……いただきますくらい言いなさいよね」
わたしの抗議は、早食い競争みたいな勢いでスープを貪る大悟には無視された。