あいつが好きな、私の匂い
「ねえ大悟」
もうすぐ日付が変わろうという時間なのに、帰ろうともしないでいつも通りソファ代わりのベッドに腰を下ろしたまま大悟はテレビを見続けている。
自分の部屋に、男が、それも自分より若くてかなりのイケメンがいるというこの非日常みたいな状況が、あたりまえのように私の生活に馴染んでしまっている。
「何。見ねぇの?理沙ねえが好きな芸人出てるけど」
「……私、もう大丈夫だから」
きっぱりと言うと、言葉に込めた決意のようなものを感じ取ってか、大悟がテレビから視線を外した。
「理沙ねえ?」
「心配しなくても、転職先でうまくやれてるし。……死にたいなんてもう言わない。だから」
だから。
その先の言葉が出てこない。言ってしまえば決定打になってしまうと分かっているから。このよく分からない曖昧な関係が終わってしまうから。
でも言わなければいけない。
悠馬と同じ末っ子気質で、ただの甘えたなようで、大悟はひとをよく見ている。落ち込んで物騒なことを口走った女を放っておけなかっただけなんだと分かっている。
だからこそこれ以上やさしくなんてされたくなかった。
自分の無責任なやさしさが、相手に何を期待させ、どんな気分にさせているのか、そんなことも想像出来ないよな、鈍感なお子様のすることに振り回されるのはつらい。
もしお子様なふりをしているだけで大悟は何もかもお見通しのうえで、空腹を満たすためだけにわたしを利用しているだけなのだとしたらもっとつらい。
馬鹿な大悟と計算高い大悟。
想像の中のどちらの大悟が本物なのだろうかと思い悩んでいる自分が嫌だ。年下の大学生なんかのことばかり考えてしまっている情けない自分が嫌だ。こんなの、自分じゃない。
だから大悟がきらい。
こんな無神経で無頓着な馬鹿な男なんて。特別な意味もなく異性にやさしく出来てしまえる大悟なんて。もうここに来なくなればいい。
私を女と意識することもなく、こちらの気も知らずに彼女持ちのくせに平気で一人暮らしのアパートを訪ねてくる大悟なんて。
大悟なんて。
大悟なんて。
「理沙ねえ、何で泣くの?」
-------あんたなんかに知られてたまるか。
思いながら涙がこぼれていく。
大悟はしばらく戸惑ったように押し黙った後、また頭を撫でてくる。大きな手にかき回されて、そこから漂うほのかな匂いが私の鼻腔をくすぐってくる。
まるで「ここにありますよ」と主張するみたいに。