あいつが好きな、私の匂い
--------私もたいがい、馬鹿な女だ。
こんな子供みたいな男に気付かれてたまるかと、いつも大悟が尋ねてくる時間はおしゃれとは真逆の冴えないスウェットを着て。迷惑そうな顔を装って。気だるそうに雑誌なんか読むふりして。あんたは招かざる客なんだという態度を取っていた。
そのくせこっそり髪にコロンなんかをつけていた。
いつも夕飯のお礼とでもいうみたいに、大悟が頭を撫でてくるから。前に大悟が『清潔にしてて、いい匂いのするコが好き』だと言っていたから。
気付いて欲しい。でも気付かれたくない。
そんな淡い気持ち。諦めようとしても、なかったことにしようとしても、消すことが出来ずにいる気持ち。心の奥底に閉じ込めたはずなのに、抑えきれずにいる感情の代わりのように、せっけんの匂いが大悟と私の間でやさしく漂う。
臆病者。
打ち明ける気なんてないくせに。
大悟に素っ気無い態度を取りながら、大悟を恋しく思う心とバランスを取るみたいに、気を惹くように匂いだけは大悟の好みのものを身に纏う。そんな矛盾だらけのことをしていた。
みっともない大人だ。
「どうしたんだよ。また仕事で嫌なことでもあった?」
「……ちがう」
「じゃあ何で」
「……サイテーな片思い。で、死にそう」
あんたには関係ないというかわりに出てきた言葉。
半年もの間抑え込んできたから、そろそろ自制が壊れてきたみたいだ。自棄くそ気味な私の言葉に、大悟はいつになく落ち着いた声で、それもすこし怖いくらいの顔で訊いてくる。
「あのさ。理沙ねえがいっつもいい匂いしてるのって、その男のためだったりする?」
--------ああむかつく。
もしかしてこいつ分かってて訊いてるのか。
「そうだよ」と荒っぽく認める。どうせ見込みがないことくらい分かってるのだからさっさと引導渡してくれと胸の中で呪う。
大悟はいっそう難しそうに顔を顰める。馬鹿が何を一生懸命考えているんだ。そのいつにない真面目な顔を睨んでいると。
「それ困る」
本当に困った顔をした。