あいつが好きな、私の匂い
「理沙ねえはそんなつもり全然ねぇんだろうけどさ。理沙ねえのフェロモンの射程圏内に、いっつも俺、めちゃ入っちゃってるんですけど?」
大悟はどこか責めるように言ってくる。
「その顔。やっぱ無自覚だったんだろ。俺のこと落とす気もないくせに、いつもいつもそんないい匂いばっかされてると、俺すげぇ困るんだけど」
大悟の指が私の髪の毛先をくるくるもてあそぶ。そうやって揺れるたびに、弾けるように一瞬一瞬せっけんの匂いが濃くなる。
その匂いにうっとりしたような顔をしながら、大悟が鼻先をわたしの旋毛あたりに埋めてきた。
「もうさ、理沙ねえが俺のこと、弟みたいにしか思ってないの知ってるし、夕飯口実に理沙ねえの顔見にきてるのも気付かれてるなって分かってんだよ。いっつも迷惑そうな顔してても、面倒見が良くて押しに弱いからずるずる断れないだけなんだって知ってるし」
今まで聞いたこともないような声で、大悟が囁いてきた。
「もう来るなって言われるよりマシかと思って、今まではっきり言えなかった。はっきりさせなきゃまだこのままでいられるんじゃないかって打算もあったし」
思わず大悟の顔を見ようとすると、「もうちょいこのままでいさせろよ」と抱き締めるようにして阻まれる。
「でも他の男に取られるかもしれないってなら話別。しかも全然幸せそうじゃないなんて論外」
いっそう強く抱き締められそうになったから、腕を突っ張って無理やり大悟と離れる。大悟が名残惜しそうに手を伸ばしてくるから、それも払った。
「……私のことからかってるの?」
「理沙ねえ」
うっかり流されてしまいそうになるくらい、切なげな声で呼びかけてくる。
「俺のこと嫌い?」
「……あんたは。今彼女いるんでしょ。この間見せてきたじゃない、すごい可愛い子の写メ」
「あー。あれ、実は俺じゃなくて悠馬のカノジョ」
悠馬の彼女?なんでと疑問に思っているとばつが悪そうに答える。
「理沙ねぇ一人暮らしだし、カノジョ持ちって言っておいた方が警戒されねーかなって思ってさ。写メは相談に乗ってもらってた悠馬からもらったやつ。前に話した美咲の後は誰とも付き合ってない」
「……その美咲さんって、すごい美人だったよね?」
あんな美人と付き合っていたような男が、私なんて好きになるわけがない。そんな疑心丸出しの情けない顔をしていると、大悟が一歩詰め寄ってきた。
「俺、ホントは同い年より年上のが好きなんだけどさ。俺が甘えても適当にあしらってくれるとことか、鬱陶しそうにしながらかまってくれるとことか、夕飯、俺の好きなもの作っておいてくれるやさしいとことかさ、前からすげいいなって思ってって」
熱っぽい目をしたまま、思いもしなかったことを大悟は続ける。