蜜は甘いとは限らない。【完】
「明日、服のこと?」
「よく、お分かりで。
明日、お着物を着ていただくので好きな色を聞こうと思いまして」
「……朱でお願い」
「了解いたしました。
あと、使用人は明日から来ます。
それと私は旦那様に呼ばれてしまったので、そちらに行って参ります」
では。
最後に執事の様に頭を下げた山中は細い目を三日月型に歪めて笑い、出て行った。
息苦しさを感じるのは、あの笑みのせいか。
それとも……。
閉じたドアから視線を外し、もう一度庭を見てみれば、茜色のような朱が庭の草木を照らしていた。
「………_ _ _ _、」
その朱を見て呟いた言葉は、自分でも信じがたいことで。
あたしが心に蓋をすると同時に消えてしまうことで。
(……今日は早く寝よう)
「おやすみ」
それは誰にも届くことなく、静かな見慣れた部屋の中に消えていった。