蜜は甘いとは限らない。【完】
玄関の指紋認証に手を当てるところで思わず手が止まる。
え、や、だって。
「あたし、なんで寺島のこと考えてた?」
いつだってあたしがあそこに居た理由は葵が居たからで。
組のみんなは好きだったけど、アイツのことは嫌いで...。
「あぁ、もう。
嫌になる」
むしゃくしゃしてきた。
ものすごくむかむかする胸に苛立ってきたあたしはさっさとドアを開けて、適当に息苦しい着物を脱いでいく。
最後に中襦袢だけになったあたしはやっと落ち着いた。
胸の苦しさは軽くなって、というより息苦しさがなくなったからかもしれない。
だからかその格好のまま、あたしは自分の身の軽さに気分がよくなって外に出る。
外の冷たさが、あたしに冷静さを取り戻してくれそうだったからなのと、
さっき口に出してしまった、“アイツ”のことを忘れたいから。
「...さぶい、」
自分の部屋にある、大きな窓を限界まで開けると、刺すように冷たい風があたしの頬を撫でるように通り抜けるのが分かった。
だけど、これくらいで無ければ。
よっと窓の前に付いている短い格子に腰掛ける。
そうすれば宙に浮く足をバタつかせれば、その冷たい空気をかき混ぜる様な気がして、笑みが零れた。
やっぱり、あたしにはこの冷たさが心地いい。
そして、あたしは冬がどうやら好きなようだ。