惚れてます、完全に。[短編]
「…ねぇ、流ちゃん。」
顔を上げないまま、夏実がそっと言う。
「お願いなんだけど…。」
「お願い?夏実がか?」
こんな改まってするようなお願いって、何だろう。
夏実の言葉の続きを、静かに待った。
少しの間躊躇うようにしていた夏実だが、やがて決心したように俺を見上げて言う。
「昔みたいに…夏って呼んで欲しいのっ。」
…そういえば…
小学校くらいまでは、夏実のこと、夏って呼んでたな。
「流星が、流ちゃん。夏実が、夏。
私にとってそれは、すごく特別なの。」
なぜか必死な感じが伝わってくる。
たしかにその呼び名は、お互い誰にも呼ばれていない。
「流ちゃん」って呼ばれるのが俺にとって特別なように(皆の前で呼ばれるのはひたすら照れくさい)、夏実にとっても、「夏」って呼び名は特別なんだな。
そっか、それだって、思い出と同じように…
俺達が長い間傍にいる、証なんだ。
宝物でもあるよな。
そう考えると…夏実に、悪いことしたな。
「…分かった、これからは夏って呼んでやる」
そう返事をすると、夏はとびきりの笑みで、「うんっ!」と頷いた。