惚れてます、完全に。[短編]



「…ねぇ、流ちゃん。」



顔を上げないまま、夏実がそっと言う。



「お願いなんだけど…。」



「お願い?夏実がか?」



こんな改まってするようなお願いって、何だろう。



夏実の言葉の続きを、静かに待った。



少しの間躊躇うようにしていた夏実だが、やがて決心したように俺を見上げて言う。



「昔みたいに…夏って呼んで欲しいのっ。」



…そういえば…


小学校くらいまでは、夏実のこと、夏って呼んでたな。



「流星が、流ちゃん。夏実が、夏。

私にとってそれは、すごく特別なの。」



なぜか必死な感じが伝わってくる。



たしかにその呼び名は、お互い誰にも呼ばれていない。



「流ちゃん」って呼ばれるのが俺にとって特別なように(皆の前で呼ばれるのはひたすら照れくさい)、夏実にとっても、「夏」って呼び名は特別なんだな。



そっか、それだって、思い出と同じように…



俺達が長い間傍にいる、証なんだ。



宝物でもあるよな。



そう考えると…夏実に、悪いことしたな。



「…分かった、これからは夏って呼んでやる」



そう返事をすると、夏はとびきりの笑みで、「うんっ!」と頷いた。


< 20 / 23 >

この作品をシェア

pagetop