俺と無表情女の多表情恋愛
軽く触れ合う唇。
はっとしたときにはもう遅かった。
急いで桐生から距離を取る。
尻餅をついたままの不恰好な体勢で、俺は人差し指で自分の唇をなぞった。
柔らかかった…。
っじゃなくて。なんてことしてんだ俺は!?
自分のした行動に、自分で自分を殴りたくなる。
ただ一つ、桐生がすやすやと寝ていたことだけが救いだった。
どうしてあんなことを…。
砕けたグラスの破片を集めながら悶々と考える。
ある程度拾い終えると、桃太郎の隣に腰を下ろした。
「桃太郎、俺、どうすればいいんだろう」
尋ねても当然返事なんてしてくれない。呑気にあくびをする桃太郎を軽く小突いた。
のそのそと俺の膝の上に乗っかってくる子桃太郎たち。
みゃーみゃーと鳴く子猫を撫でながらも、考えることはやっぱりさっきのことだった。
あれはほら、いつも表情を変えない桐生が満足したように微笑むから。
だから……。
あの、初めて見た笑顔に、抑えきれなくなったんだ。
この日、俺は自分の胸の中にうずまく感情に気づいてしまった。
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