俺と無表情女の多表情恋愛
「桐生さ、我慢せずにもっと顔に出していいんだぞ?」
「え?」
俺の言葉に持っていたフォークを止めてこちらを見据える桐生。
その顔はやっぱり真顔だ。
「だって、たまにすごく分かりやすい顔するだろ?もっと表に出せばいいのに」
対して俺はパスタをフォークに絡めながら言った。
「……分かりやすい顔、してる?」
「うん。さっきだってケーキ食べてるとき幸せそうだったし…………」
顔を桐生に向けて、俺は思わず動かしていた手を止めてしまった。
目の前の桐生は、今まで見たこともないぐらいの笑顔を浮かべている。
それはどちらかと言うと微笑んでいる、という小さな笑顔だったけれど、俺にとっては誰のどんな笑顔よりも可愛く思えてしょうがなかった。
「そっか、顔に出てたんだ」
桐生はぽつりと呟いた。
「……なんでそんなに表情が顔に出ないんだ?」
「分かんない。…けど、小さな頃からこうだった気がする」
だからそんなこと言われたの初めてで嬉しかった。
そう言ってスプーンを動かし始めた桐生。
今度はパフェをぱくぱくと口に入れていた。
…………リスみたいだ。
目の前で、真顔でパフェをぱくぱくと食べる桐生を見ながら、俺は思う。
……さっきは桐生に、もっと表情を顔に出していいんじゃないかって言ったけれども。
桐生の泣き顔とか、笑顔とか、不服そうな顔とか、知ってるのは俺だけでいいや、だなんて思う俺は意外と独占欲ってやつが強いのかもしれない。