俺と無表情女の多表情恋愛
「誰……?」
これまた真顔でこちらを向いた無表情女。
これ以上隠れるのも無理だと悟った俺は笑いをこらえながら姿を現した。
「子供産むってことはその猫メスだよな?なのに桃太郎なのか?」
無表情女的にはかわいいらしいそのデブ猫を指さしながら尋ねてみる。
何も言ってこないことに、質問ミスったか。とどぎまぎし始めたとき、ようやく口を開いてくれた。
「そのときはまだ、メスだって知らなかったから」
真顔で発された簡潔かつ冷静な言葉。これがクラスの奴らの言う無表情かー、と納得しながら近づくと隣に腰をおろした。
「いつから桃太郎に餌あげてんの?」
「…今月の最初らへん」
「へー。よかったな桃太郎」
手を出して顎をかいてやる。気持ちよさそうに目を細めた桃太郎を横目に見た無表情女は心なしか不機嫌そうだった。
「……触らせちゃうのね」
先ほどの独り言とは異なり、少し棘のある言い方で呟く。
その言葉はどう考えても、俺に顎を撫でられてる桃太郎に向かって放たれた言葉だとしか思えなかった。
「もしかして妬いてる?」
「…別に」
いくら真顔でも、そう撫でてる手を直視されてるとわかりやすすぎるだろ。
なんだ、全然無表情女じゃないじゃん。
その日から俺の中の「無表情女」は「桐生葉乃」という普通の女子生徒へとイメージを塗り替えたのだった。
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