俺と無表情女の多表情恋愛
「き、桐生?」
動揺しつつ声をかける。
桐生はそのまま俺の胸元をぎゅっと握ると震える声で一言言った。
「も、桃太郎が……っ!」
顔を起こして桃太郎の定位置を見る。
そこにいた桃太郎にはいつものふてぶてしさはなく、辛そうな息遣いで横たわっていた。
一旦桐生に上をどいてもらって桃太郎のそばに近寄る。
そこで見たのは血まみれの桃太郎だった。
「桐生、俺の荷物頼んで良いか?病院に連れてく」
優しく抱きかかえて慎重に走る。それでも辛そうにする桃太郎に焦るものの、動物病院についた俺らは心底安心することとなった。
「そういえば桃太郎って妊娠してたんだもんな…」
獣医の診断は、出産、ということだった。
どうやら急なお産に動けなくなってしまった桃太郎は、転んだ拍子に傷を作ってしまったらしい。そして、そのまま出産にまで至ってしまったわけだ。
桃太郎はそのまま獣医に預かってもらうことになり、落ち着くまで面倒をみてくれるらしい。
動物病院を後にした俺らはそのまま帰路についていた。
その間何度も桐生に話しかけるものの、何も答えてくれない。
あまりのだんまりぶりに顔を覗き込むと、いつもの真顔に桃太郎を足したような…要するにふてぶてしい顔をしていた。
「何そんなふてくされてるの…」
「……別に」
俺を躱して歩いていく桐生の手首を咄嗟にぐっとつかむ。
うつむいていたときには暗くて見えなかったけれど、反動で振り返ってきた真正面から見た桐生の顔は真っ赤に染まっていた。
「え、なんで……?」
「うるさいっ!」
恥ずかしそうに言い捨てる桐生。
…………恥ずかしそうに?
「もしかして、俺の前で泣いたのが恥ずかしかったのか?」
「泣いてないもん」
言い張る桐生だったけど、その顔は明らかに図星だ、という顔だった。
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