【完】その鎖を断ち切って
 生理だなんて取ってつけたような言い訳をした私の首筋に顔を埋めて、痛みと同時に赤い花を一つ残す。


「ね、だからアタシ」

「聞いてますよ。……今日はこれで、“我慢”ですね」


 残念そうと言うよりは、どこか切なげに顔を歪める彼。もう大学を卒業しようとしている彼と私が関係を持ったのは、一体いつのことだったろう。

 両親と不仲な私が、お前と顔を合わせるくらいならホテル代くらいと家を追い出され、スイート暮らしを始めて間もなくのことだったように思う。そんなに展開が早かった訳ではなくて、出会ってから彼に初めて抱かれるまで、凡そ二、三か月はあった筈。


 ここ一か月一度もこの部屋を訪れなかった彼。それが突然今日になって現れたその理由は、何となく察せていた。

 出会って間もなくの頃に聞いていた。彼には既に生涯を共に過ごす女性が決められていて、断ることも儘ならず交際しているのだと。当時は私達は非常にプラトニックな関係で、キスはおろか、手が触れ合っただけでも胸を高鳴らせる程だった。


 遠い昔のように感じられる記憶に思いを馳せていると、彼は私の長い茶髪を弄びながら、溜息交じりにこう言った。


「……来月、挙式が決まりました」


 矢張りそうか。予想していた言葉ではあったが、ショックは大きいもの。彼に背中を向けたまま下唇を噛み締め、私は沈黙を貫き続ける。


 今までに彼から聞いた、婚約者の女性の話。柔らかい物腰で相手の話を上手く引き出す聞き上手に、綺麗な黒髪のセミロング。加えて彼の好きなインディーズ系音楽にも精通していると来たから、これ以上の縁はないだろうと茶化すように彼に言ってやったこともある。

 けれど、その時言われた言葉。あなたを手放すつもりはありません、と。疾うに私と彼とは、切ろうにも切れない関係になってしまっていたのだ。

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