春のこころ
「……あ、びっくりしてる」
「当たり前でしょ! だって、もう名古屋にいるはずじゃないの!?」
開いたエレベーターから、現れたひと。もう、今日はここにいるはずのないひとだった。
本当にどうしてここにいるのか、さっぱりわからない。
「あとちょっとこっちにいさせてほしいって頼んでさ。引っ越し準備手伝うのでバタバタしてたけど、終わったから。桃野ともう少し、話がしたかった」
「話、が」
驚きのあまり舌がうまく回らない。
もうこっちにはいないと思っていた朝奈が、目の前にいるなんて。現実だということはわかっていても、びっくりしてる。
「うん。話したかった」
「わたしも……話したい、ことが、」
もしかすると、神様がくれたチャンスなのかもしれないと思った。
グダグダうじうじとチャンスを逃し続けたわたしにくれた、最後のチャンス。
これを逃したらもう、わたしはこれから先ずっと引きずっていくんだろう。これでいいといくら思っても、後になれば後悔することがよくわかったから。
ついさっきまでの、わたしみたいに。