その手を離さない
その手を離さない
入社式前に行われた一週間の研修も
今日が最終日。
「なんで俺が……」
希望の部署とは違う配属先に、落胆を隠しきれず落ち込む俺は、仲良くなった同期の仲間たちに喫煙所で慰められていた。
「まさかなー加瀬(かせ)が監査とはね」
研修中俺の隣の席に座っていた、留学してたとかで一つ年上の北川が同情しながら煙草をふかした。
「谷川次長さ『イケメン連れてけば煙たがれ
なくなるかもな』なんて笑って言ってたけ
ど、まさか本気だったなんてね」
そう言って同じ大学の実穂(みほ)が、煙草に火をつけた。
「俺のどこがイケメンだよ」
「えー翔(しょう)くんイケメンじゃん!」
この研修中、常に俺の側にいた里美(さとみ)
が、隣に座って身体を寄せた。
「ほらね」
実穂は煙草を吸わないくせにここへ来る里美に肩をすくめて、北川と笑いあって煙を吐き出す。
「四月からが憂鬱……」
俺の希望は経営戦略部だったのに。
何故か入社試験の時から、監査室の谷川次長に目をつけられ、この研修中も何度か話しかけられていたので嫌な予感はしていた。
「性格歪みそうだ……」
咥えたままだった煙草に火をつけた。
「なんの、同じ本社だろ。腐ったら飲みに
誘えよ」
「里美も翔くんと飲みに行くよー」
「加瀬の性格が変わってなければ私も」
「おまえいい性格してんな」
俺は実穂に向かって煙を吐き出した。
「あら、誉められた?」
「ちげーよ」
「でもさ、環(たまき)ちゃんも可哀想だな」
廊下を見る北川の視線を追って俺は頷いた。
「ああ。あいつの初日のスピーチ、上の奴等
完璧に無視だな」
ガラス張りの向こうで、彼女が同じように他の同期たちを前に苦笑いしている。
お客様を笑顔で送り出したいって接客を望む彼女に命じられたのは、総務部。
彼女の柔らかい笑顔は、きっと老若男女つい笑
みを返してしまうだろうと俺でも思ったのに。
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