その手を離さない
静かになった喫煙所で、俺はまた煙草に火をつけようとした。
「加瀬くん」
「あ?」
戻ってきた彼女が俺の前に立ち、サラッと俺の髪に手を差し入れた。
「え……」
よしよしと頭を優しく撫でた手に不思議と
腐っていた気持ちがなだめられるのを感じる
「雪本(ゆきもと)?」
柔らかな手の感触が気持ち良くて、離れた手を思わず掴んでしまった。
すべすべして温かい手だ。
「同じ階だね」
彼女は小さく笑った。
「へっ?」
「よろしくね」
掴んでいた手を握手して、彼女は走って行ってしまった。
どれくらい呆けていただろう……
「加瀬?どうした?」
「………いい匂いがした」
「はっ?!おまえショックで頭がどうかしち
まったのか?」
瞳の前で北川に手を振られて、
ハッと我に返る。
「るせーな!何でもねーよ!」
俺は煙草を箱に戻して、ドキドキする胸を誤魔化すように北川から鞄を奪った。
「本当に大丈夫か?」
立ち上がると俺は意を決して北川を見た。
「な、何だよ?どうした?」
「北川、おまえ雪本の事どれ位本気?」
「は?環ちゃん?」
「俺はすげー本気になりそうだ」
言い捨てて、俺は実穂たちの所へ向かう
「はあーーー?!」
喫煙所には北川の叫びがこだましていた。