その手を離さない
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研修から一年が過ぎていた。
「何だよ?」
映画館を出ると、背の高い彼が少し屈んで笑う私の顔をのぞきこむ。
「翔平(しょうへい)、相変わらず手を繋ぐの
好きだね」
上映中もずっと彼は私の右手を握っていた。
「環の手は特別だから」
「真優みたいに綺麗な手じゃないのに」
「そうか?今日もいい匂いがするな」
繋いだ手を持ち上げて、仔犬のようにクンクンと匂いを嗅がれた。
「この匂いが好きなのね」
研修中に見つけたハンドクリームは、ささくれだった気持ちをなだめてくれるナチュラルな香りと、サラサラの感触が気に入ってあれからずっと愛用しているもの。
「匂いも感触も、俺を誘ってる」
チュッとされて夜風に冷える体温が一気に上がった。
「この手が誘ったって、まだ言うつもり?」
あの研修最終日からずっと彼はそう言っては、私を口説いてきた。
そんなつもりはなかったのに。
「違う、この手の虜になったんだ」
繋いだ手を彼がスプリングコートのポケットにしまう。
二人の身体がより密着した。
「そう言えば今さらだけど、
あの時どうして俺の頭を撫でたんだ?」
「どうしてって……」
研修中、ずっと翔平の事が気になっていた。
見た目はカッコいいけどちょっと抜けてるところがあって、課題も真っ先に終えたかと思ったらやり直しで。
その癖、自分のを置いておいて同じグループの遅れている人の手伝いをしてみたり。
いい意味で、見ていて母性本能を擽られていた。
だからあの日、仔犬のように項垂れて落ち込む彼を慰めてあげたかった。
きっと大丈夫だよって。