マシュマロラズベリー
私もその魔法にかかっている。好き過ぎて、あまりにも大好きで、これからもずっと……、永遠に解けそうもない。
ライブがヒートアップすればする程、ライブハウスを出た直後、虚無感に襲われる。上昇した体温が一気に奪われ、指先から冷えていく。瞬也のいない外の世界は私にとってなにもないのと同じ。テレビやポスターの中の瞬也だけでは満たされない。
もうこんな寂しい気持ちになりたくない。瞬也の瞳に映る景色を私の瞳に投影したい。瞬也の瞬きの一瞬一瞬でさえ大切に見ていたい。ずっと一緒にいたい。
ライブハウスから出てきた女性たちが裏口へと流れていく。チョコレートの入った袋を提げて。どの袋も『私、高級チョコですよ』とブランドのロゴが控え目だけど確実にアピールしている。
私の手にはどこにでも売っている赤い袋。でも中身はどこにも売っていない私だけのオリジナル。
今日はバレンタイン。
───今朝五時、出勤前。私はキッチンに立ち、クーベルチュールチョコレートを刻んでいた。気分はショコラティエ。
鍋に生クリームと水あめを入れ、沸騰したら刻んだクーベルチュールチョコレートを加えて混ぜる。そこにバターとコーヒーリキュールを入れて、バットに流し、固まってきたら手で丸める。湯せんしたチョコレートでコーティングしてラズベリーピューレをそっと添えるように乗せて出来上がり。
料理は得意ではないけど、三十歳を過ぎてそれなりにできるようになった。
私は今まで『なんとなく』で恋をしてきた。なんとなく付き合って、なんとなく別れて。まだ二十代だし、なんて自分自身に言い訳をして。そんな消化不良の恋はいつも自然消滅。
「愛してるよ、絢花」
そうやって無難な言葉で何度も抱き締められた記憶だけがモノクロの雑踏となり胸に焼きついている。
時は移り変わるもの。いつの間にか『まだ二十代』から『もう三十代』へと私という季節は一度も桜を咲かす事なく移り変わっていた。
だからこそ、若くて可愛い子を羨ましいと思うより、今の私を輝かせたい。だって、過ぎてしまった時はどんなに足掻いても巻き戻せないのだから。ほんの少しでもいいから今の私を輝かせたい。
そう思いながらコーヒーリキュール香るハンドメイドのボンボンショコラを丁寧にラッピングした。