弱い私も受け入れて
「すごく眠かったから、ちょっと休んで帰ろうと思って……どうしたの?」


無理があるとは分かっていたけれど、口から出るのは苦しい言い訳。


「俺は忘れ物です」


問いかけに答えながら、入り口に居たはずの彼はスタスタと私の方へと近づいてくる。……なんで、デスクが隣なんだろう。すぐ傍まで来てもし顔を見られてしまったら、確実に泣いていたことに気づかれてしまう。それだけは避けたいことなのに。


彼、香坂君は私と同じ理学療法士で、私の1年後輩になる。彼の入職当時から、何かと説教することも多くて、彼からすると私は結構キツイ性格をしていると思う。そんな面ばかりを見せていたからか、彼には1番今の私の状況を見られたくなかったのに。何でよりによって現れたのが、香坂君なんだろうか。


「あった、あった」


ガサガサと一切整頓されていない机を漁って探しものを見つけたらしい。あれほどいつも片付けなさいって言っているのに……だから忘れ物もすんだよ。彼の机上を見て、苦笑が漏れた。


「そんなに散らかしているから、すぐに見つからないのよ」

「すみません、気をつけますー。って、あれ井上さん……」


気になって彼の行動を見ているうちに、いつの間にかさっきまでの悲しいような、虚無感というか、何ともいえない複雑な感情は、スーッと消えてなくなっていた。だからもう大丈夫だろうって勘違いしてつい彼に自分から話しかけてしまっていた。


そのせいで彼とばっちり目が合って、私の異変に気づいてしまったんだろう、普段からしっかり目を見て話をするタイプだけれど、いつも以上じっと見つめられた。いや、凝視って言葉がこの場合は相応しいかもしれない。


視線が痛くなって、さっと顔を逸らした。バレているのは分かっているけれど、どうにかならないだろうかと考えを巡らせた……が、答えは見つかりそうになかった。






「内田さんですか?」

「……え?」


当たり前のように出てきた名前に、驚いて彼の顔を今度は私が凝視してしまう。なんで、その名前が彼の口から出るんだろうか。どうして……


驚いている私を気にしない様子のまま、彼は椅子を後ろに引き、そこに腰掛けた。そして椅子をくるりと回転させて、わざわざ私の方に向き直ってしまった。


「え?って、内田さんの事じゃないんですか?」

「……そうだけど、なんで?」

「なんでって、何がですか?」


私の問いかけに、彼は本当に訳が分からないって顔をしている。私のほうが訳が分からない。私がこんな状態になっている理由は誰にも分かるわけがないから。

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