イジワル上司に恋をして
ちらっとしか見えなかった香耶さんは涙目だった……けど、笑ってた。
その笑顔が、わたしなんかに向けるようなものとは違う気がして。
そう。例を上げるなら、まるで好きな人に向けるような――。
香耶さんの姿が見えなくなっても、わたしの目線はずっとそこから動かなくて。
その景色に、香耶さんの顔がずっと浮かんで離れない。
「なに。オマエ、そっちのセンもあるわけ?」
「……は?」
ピンボケしていたヤツのスーツに焦点を合わせ、ゆっくりと顔を上げていく。
腕を組んで、香耶さんに対して見せたような優しさのカケラもない、涼しげな目でわたしを見下ろす。
「妄想相手は、オンナもアリか」
「――ばっ……」
か、じゃないの?! なにコイツ!! なにを飄々と……!
目をこれでもかというくらいに見開いて、思わず『バカじゃないの』って口から出そうになった。
「『ばっ』、なに?」
うわ、こわっ!
絶対、わたしが言いかけた言葉の続き、わかってるよ、この男……!
「ば――……バリスタ並みに、美味しくコーヒーも淹れられるようになりたいなぁ……なんて」
ああっ! わたしのバカ! ものすごい無理ある言い訳っ。
でも、『バカ』とコイツに面と向かって言うほうが無理! なんか、今のわたしは負ける気がするから!!