イジワル上司に恋をして

「……バリスタ、ねぇ」
「う……」


にやり、と僅かにつり上がった口角に息を飲む。
危険信号が頭の中で鳴ってるのに、距離を取るどころか目すら逸らせない。


「違うだろ」


ス、と伸びてきた手に心臓が跳ねた。
その手は指を指すように。人差し指の先端が、わたしの唇を捕らえる。


「昨日(キス)んときと同じカオ、してたけど?」
「――!!」
「妄想女(コドモ)には、ちょっと刺激が強すぎたか」


あ、あれ……?


ただの上司と部下というには、近すぎる。手を軽く延ばせば簡単に触れられる距離には居る。
だけど、当然自分から触れようなんて思わないし、触れられるなんてもってのほか……って、思ってたのに。

熱い指先が唇に触れられて、見上げるそこにはいつもの悪魔の笑顔なのに。

……この、感覚はなんだ?!


「もう一回、する?」
「しっ、しません!!」


全力で拒否すると、黒川が整った眉を寄せて、しかめっ面をした。


「……声がデカイ。気付かれんだろうが。本当に塞ぐか? その口」
「……!!」


ぶんぶんと勢いよく首を振り、今度は声じゃなくて態度で思い切り示すと、ブライダルの事務所から物音がして黒川はわたしと距離を置いた。
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