イジワル上司に恋をして
「……早くしろ。溶ける」
「溶ける」? は? なに言ってんの?
意味不明な発言に、自然と口がぽかんと開いた。
その隙に、あっという間になにかを放り込まれ、慌てて口を閉じた。
「にゃ! にゃにお……!」
もごもごとした口で問いただしたときに、口いっぱいに甘い香りが広がった。
こ、これって……。
その味を確認して、驚きの目を黒川に向けた。
すると、軽く握っていた手を、今度は開いてわたしに見せる。
「オマエのせいで、汚れただろうが。バカ」
「だ、だって、急にそんなの! わからないし!」
手のひらには黒い跡。
それは、黒川の手の熱で溶けてしまったチョコレート。
それを、何気なしにペロッと舐める仕草の瞬間、ヤツの指の間から黒川と目が合った。それだけなのに、思わず目を逸らしたくなるくらいに心臓が跳ねた。
ドキン、てなんだ、わたし!ていうか、予想もしないときにそんな色っぽいことしないでよ!
たぶん赤くなってる顔を背けて、心の中でブツブツと文句を漏らす。
「賄賂」
「はぁ?」
「賄賂、受け取ったんだから、しっかり働けよ。タコ」
わ、賄賂だぁ?
そっちが勝手に持ってきて、勝手に口に突っ込んだくせに! 強要でしかないじゃんか!
「ちょうど良かったなぁ? そんな茹でダコみたいなツラで、表になんか立てないだろ?」
「ゆっ……茹で……」
ば、バレてたんだ、赤くなってたのが。
平静を装って、キッと睨みつけると、ヤツは「ふふん」と鼻で笑って忙しいであろうサロンへと戻って行った。
……なんなの、アイツ。
わけわかんない行動、やめてほしい。
ふいっと、黒川が去って行ったところからシンクに体を向けて、おもむろに食器スポンジを握る。
勢いよく洗剤を押し出すと、ガシャガシャと今の出来事も洗い流すようにグラスを次々洗い続けた。
鼻腔にまだ残る、カカオの香り。
口内に蔓延したままの甘さを感じると、無性にホットミルクが飲みたくなった。
こんなに甘いから、砂糖を入れないホットミルクを。