イジワル上司に恋をして


ショップの閉店時間には、さすがにサロンも落ち着いてきていた。
だけど……。


「し、死んだ……」
「これがまた明日も……?」
「運動不足痛感するよね……」


ブライダルのスタッフ二人が、事務所のデスクに突っ伏して魂が抜けてる……。
でも、確かに。いつもはわりと、ゆったりとした接客だし、料飲部のような、時間や来客との闘いはほとんどないし。
そんな毎日だったのに、急にこんなに“繁盛”されたら、ついていくのに必死だよ。


「なっちゃんも。疲れたでしょ? お疲れさま。手伝ってくれてありがとうね」
「香耶さん! いえ! 役立てたのなら良かったです!」
「もー、すんごい助かったよー? それに、なっちゃんのドリンクはいつも丁寧だし! 評判いいんだよ?」
「評判? え? そんな、なにかありました?」


だって、マニュアルあるし、誰が作ったって、そんなに変わるものじゃないだろうし。
香耶さんてば、お礼の代わりにお世辞言ってるのかな。

その言葉をどれだけ本気にしていいのかわからずに、ただ笑っていると、香耶さんは手で口元を隠す仕草をして耳打ちした。


「だってね? 黒川くんが担当してるお客さんが言ってたみたいだよ?」
「は? 黒川……さんの?」


「黒川」と名が出てギョッとしたけど、その内容が気になるところ。
わたしが香耶さんに目を向けると、ニッと笑って返された。


「『一度目に煎れてもらったお茶よりも、二度目のときの方が美味しい気がします』って」


……そんなこと、言ってくれてたなんて。


「でも、それ、本当にわたしのときですかね」


なにかの間違いだったりして。
うれしくなる感情を抑えるように、苦笑しながら言った。

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