イジワル上司に恋をして
「……なんか、すっごく楽しそうね。なの花」
「へっ?! あ、いや……だって、ねぇ?」
「人の話でなに想像してたのよ? 教えなさいよ」
「いやいやいや、それは……」
――なんて、このときは、当然恥ずかしくて口になんかしなかったけど。
「――でね! その日も、至って普通どおりに微妙な距離で過ごしていたら、突然手を握られるの! で、『……やだ?』とかって遠回しに意思確認されちゃったりして!」
お酒が入ったわたしの口からは、次から次へと出てくる妄想話。
恥ずかしい、とか、虚しい、とか。
そういう感情が、酔った勢いで、ポーンと飛んでしまった。
「……なの花、飲み過ぎ。そして、妄想し過ぎ。そろそろ出よ! わたしその前にお手洗いに行ってくるから」
呆れ声を聞き流し、カウンターに頬をつけて、傾いて見える由美をぼんやりと見送る。
……ああ。本当、飲み過ぎた。
そして、確かに妄想し過ぎた……。でも、止まんなかった。
だって、由美とこうしてゆっくり飲んだりするの、少なくなっちゃうもん。
「結婚するわ」。
その由美の声が、また頭の中で聞こえる。
素直に、『おめでとう』って思う。同時に、ちょっとだけ『いいなぁ』って気持ちもなくはない。
けど、そんな羨望感より、こんなふうにわたしが、イタイほど恥ずかしい話をする相手である由美が離れてしまう喪失感のほうが上回る。
でも、めでたい話だし。
まるっきり由美と会えなくなるわけじゃないし。
ああ。こんなとき、この喪失感を埋めてくれるほどの相手がわたしにもいたなら……。
「大丈夫ですか?」