イジワル上司に恋をして

「あ、あの。はい、大丈夫です!」
『本当? 無理しなくていいよ?』
「ちょうど、今上がって休んでたところですから」
『そっか。じゃあ、15分後くらいに駅前で待ち合わせる?』
「駅前ですね。わかりました!」


電話を終えると、ガタッと席を立つ。

急がなきゃ! 着替えて、化粧直して……髪もきっと乱れてるし……。

わぁ、なんかこれって。デートみたい。いや、デート?

待ち合わせ場所に行ったら、すでに彼が先に待ってて。お互いに姿を見つけたら笑い合って、『お仕事お疲れさま』とか労って。

『どこに食べにいこうか』とか言いながら、近すぎず、でも決して遠くはない距離を保ちながら。その、手を伸ばせば届く距離にいるのに、そうできないことがもどかしくて。
会話なんて上の空で、少し前を歩く彼の空いた手を気にしてると、不意に足を止めた彼がこちらを見ることなく、手だけを後ろ(わたし)に伸ばしてきて――。


「妄想全開」


時間もないくせにトリップしていたわたしの背後から、ボソッと聞こえた冷ややかな声。
嫌な予感がして、怖々と振り向けば、そこにはやっぱりヤツがいて。


「いっ……いつから、そこに……」
「さぁな。いつからだっけなぁ? 誰かさんが、アホみたいに高い声で電話に出た辺りからだったか?」


ノーッ!! 痛恨のミス……!!
そんな初めから、コイツに見られてただなんて!

パクパクと、鯉のように。
羞恥のあまり、さすがになんにも言えなくて悶絶する。
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