イジワル上司に恋をして

「き、聞いて……?」


……たんだよね、それなら。
全部初めから、聞かれてたんだよね!?

すると、黒川はきょとんとした顔でさらりと答える。


「『聞いてた』? なにを?」
「いや、だから」
「別に、『ちょうど今上がったとこだから、駅前で』だなんて、デートの約束してたのなんて聞いたりしてないけど」


このヤロウ!! しっかりはっきり聞いてるじゃない! 悪趣味! 悪魔!
なにが「なにを?」よ! 白々しいほどとぼけた顔までしちゃって!

わなわなと、恥ずかしさと怒りと悔しさで手を震わせながら、これ以上この話を大きくしたくなくて、グッと言葉を飲み込んだ。


「……お先に失礼します!」


ほんの少し反抗的な言い方で、休憩室を出ようとした。
ドアの前に立つ黒川と目を合わせもせずに横切って、ドアノブに手をかけようと伸ばしたときだ。


「?!」


あと数センチでドアノブが掴めるというのに、それを阻止する美しい手。
その手がわたしの手首に絡みつき、グッと力が込められた。

今まで言葉では散々言われてきたけれど、こんなふうに触れられてなにかを阻まれるなんてされなかったから。
あまりにびっくりして、思わず見ないようにしていた黒川の顔を見てしまった。


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