イジワル上司に恋をして

黒川が、わたしを無視するように、目を逸らしたからだ。

偶然じゃない。だって、目が確かに合ったし。今も、だんだんと距離は近づいてきてて、わたしたち二人の視線は明らかに黒川に向いてるのに、アイツが気づかないわけがないと思う。


「こんばんは」


その声に、わたしは心底驚いた。心臓が止まりそうになったくらいだ。


「お疲れ様です。以前、一度お会いしたんですけど、覚えてないですかね」


な、なにを言うの……? 西嶋さんっ!!

あわあわとしたところで、もうどうしようもないんだけど。
それでも、そんなの関係ないくらいに大慌て。

だって、西嶋さんたら、黒川に話し掛けるんだもん!


西嶋さんの声に、黒川はさすがに無視せずに立ち止まる。
そして、ニコリと、いつもの営業スマイルで受け答える。


「ああ。どうも、こんばんは」


わたしを見ることなく、西嶋さんだけに目を向けヤツは言う。
それがありがたいような、落ち着かないような……。


「今までお仕事だったんですか? お疲れ様です」
「いえ。そちらもお仕事だったんでしょう?」
「あ、はい。今日はたまたま早くに上がれたので。ちょっと、彼女とご飯に」


「彼女」と言われた……。いや、そういう意味の〝彼女〟なんかじゃないのはわかってるんだけど!
いやいや! それよりも!
こんな場面に遭遇してるのが、あの黒川!
余計なこと言わないよね?! ていうか、言われて困るようなことなんてないと思うけど……。

それよりも、明日からの職場での方がマズイ気が!これをネタになにを言われるか……!
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