イジワル上司に恋をして

「そうですか。それで、今帰りというわけで?」


ほんっとーに、黒川はわたしの前とは別人で。
そのチラリと白い歯を覗かせる爽やかな笑顔。聞きやすい、通った声。わたしには超低い声で、いやらしいくらいの笑みなのに!

憎たらしい思いで、ジロリと西嶋さんの後ろからヤツを見る。


「ええ。でも、本当はもう一軒行きたかったところなんですけどね」


その背中から聞こえた言葉に、わたしは唖然としてしまう。
視界にいた黒川も、それを言われた本当一瞬、目を若干大きくした。でも、さすが普段から演じてるだけある。すぐに元の〝猫かぶり〟になって、笑顔を浮かべた。


「そうなんですか。まぁ、今日は平日ですしね」


すると、それを受けた西嶋さんがさらに驚くことを言う。


「はい。鈴原さんが明日、仕事早いみたいですよね?」


……えぇー!!
それを、今! 上司(こいつ)の前で言っちゃう?!


「……ああ。鈴原が、最近やる気のようで」
「鈴原さんが?」
「まぁ、今は女性も仕事に力を入れるような時代ですしね。私はいいことだと思いますよ」
「……そう、ですね」


にこやかに、柔らかい口調で。
でも、わたしにはわかる。その笑顔の裏の、悪魔が潜んでるのが……。

『どうせ、お前が〝早出命令されて〟とかって愚痴でも吐いたんだろ? おかげですげぇ面倒なことになったじゃねぇか、このバカ。俺の貴重な時間を返せ』

とか言われそう……。いや、言われる!
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