イジワル上司に恋をして
あっという間に腕を掴まれ、体を引き寄せられる。
そして、あれよという間に、今まで黒川が立っていた場所に押しやられ、形勢は不利。
逃げ場のない、レジカウンターを背中で感じ、密着してる黒川の身体に全神経が集中してしまう。
少しも動けないのは、後ろに逃げ場がないからだけではなく、今にも鼻先が触れてしまいそうな距離に顔があるから――。
「な、にする――……っ」
「ちょっと、黙れ」
「……んっ!」
そうして低く短い言葉を残し、目を閉じるヒマを与えないままに重ねられる唇。
まさか、2回目があるなんて誰が想像しただろう?
濃厚かと問われれば、そういう類のキスではないと思う。けど、軽いものなわけでも決してないとも思う。
……ていうか、彼氏でもない相手とのキスに、軽いもなにもあるか!
そう思ったときに、ようやく唇が離れて大きく酸素を吸い込んだ。
胸一杯に行き渡る酸素で、どうにか混乱している脳内を落ち着かせようとしていたときに聞こえたひとこと。
「……コドモのキスだな」
「クッ」と、小馬鹿にするような笑いと共に。
でも、その言葉に対して、怒りよりもまず先に、恥ずかしさが先立ってしまって。
自分の意識とは関係なく赤く染まりゆく顔。
そして、不意に俯いてしまったわたしは、しばらく顔を上げられそうになんかない。
『コドモのキス』。
そう指摘されてしまうと、なんにも言い返せないわたし。
〝不意打ちだから〟とか、いくらでも言いわけは出来るのに。
それでも、こんなにも打ちのめされてしまってる理由って……なに……?
文句はおろか、口元を拭うことだって忘れてしまうくらいに。ただただ、数十センチしか離れてない端正な顔を見つめる。