イジワル上司に恋をして

「なにしてる。早く着いてこい」
「す、すみません……」


ぱたぱたと、止まって待つ黒川の元に行く。
再び歩き出して向かった先は、休憩室……兼、ドリンクルーム。

早出して、こんなとこに連れてこられるって……一体どんな用事なんだろう。
まさか……なんか、怒られたりとか……しないよね?

びくびくとしながら黒川の出方を待っていると、ヤツが突然、トン! と冷蔵庫の隣にある棚に手を置いた。
そこまで大きな音ではないけど、ふたりきりだし、黒川の顔が無表情だし……。それらの理由から、小心者のわたしはドキドキと心臓を鳴らす。


「これ」


視線だけをその棚に向けた黒川が、「これ」とだけ言う。
「これ」がどうしたのか、どういう意味なのか。まったくもって、わかんない。

窺うように、控えめな声で聞き返す。


「こ……『これ』、とは……」


目の前の棚は、お茶出しようのグラスのほかに、茶葉やその他必要な材料が入っている棚。
パッと見、特に変化は見当たらないんだけど……。グラスだって割らなかったし、きちんと整頓してるし……。


恐る恐る、棚から黒川の手。それを辿っていくようにして、黒川の顔を見てみる。
目がぱちりと合うと同時に、ヤツが言った。


「今日も、もしかしたら、昨日と同じ……いや、それ以上の集客があるかもしれない。けど、急に決まった試食イベントだ。ドリンクの在庫はそれに対応していない」
「あ……」


……確かに。いつもの倍……モノによっては、それ以上にオーダーが入ってた。
昨日は間に合ったけど、今日はどうだろう?
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