イジワル上司に恋をして

「オマエ、今〝そんな急に〟って思っただろ」
「えっ」
「丸わかり。ほら、時間なくなるぞ? さっき〝余計なこと〟で時間取ったからな」


〝余計なこと〟……? ……ああっ!!

それがなにを意味するのか理解すると、たちまち顔が赤くなる。
そんなわたしの反応を見て、冷ややかに……余裕顔でニヤリと笑う、鬼上司。……いや、キス魔上司。

わたしを挑発的な眼差しで見つめる男。
その視線に捕まって、動けないわたし。

硬直状態のわたしに、ゆっくりと近づいてくる靴の音。
肩が触れる近さでヤツは足を止め、頭上に息を吹きかけるかのように、至近距離で声を落としていく。


「〝出来ない〟とかほざいたら、また黙らすぞ」


妖艶な声色に、思わず背筋がぞくりとする。
ぱっと見上げると、そこには綺麗で、且つ、色気で微笑むオトナの男。

ただ目を揺るがせて、耳まで赤くしながら立っていると、黒川の長い指先がわたしの顔を挟むようにした。
クイッと上を向かされると、その形のいい薄い唇が間近で動く。


「――そん時は、〝オトナのキス〟で。な」


『バッッッカじゃないのッ!!』って、いつもなら声を張り上げてた。

それが出来ずに、ただ心臓がうるさくなっていくわたしは、なんかヘン。
……でも。でも! こんなSッ気のある上司なんかに、流されるもんか!


「〝そん時〟なんか、来ませんからっ」


震える声で、必死に反論する自分が、滑稽だ。


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