イジワル上司に恋をして

一気に表情を曇らせてわたしに、慌てて香耶さんが手を振って否定する。


「あっ。違うよ! そういうのじゃなくてね? ほら、今回のイベント中、なっちゃんに発注お願いしてたでしょう?」
「ああ、はい……。一応、今日の分は見ておきましたけど……その中で、なにかミスでも……?」


慣れない発注作業してるから、そっちのミスかと勘繰った。
けれど、それもどうやら違うようで。

香耶さんの表情は、そういう〝注意をしなきゃ〟というものじゃなくて、もっと別の……〝困った〟ような……。


「ミスなんてなかったよ! 大丈夫。そうじゃなくてね? その……これからも、ドリンクの在庫管理と備品発注作業を、なっちゃんに担当して欲しい、って話なの」
「えっ……」
「どうかな? そんなに負担になるなら、わたしから黒川くんに掛け合ってみるけど……」
「黒川……さん?」
「うん、そう。『今後も鈴原さんに』って言ってたのは黒川くん」


アイツか……! しかも、香耶さんを使うあたり、考えてる!
香耶さん相手なら、嫌味のひとつも言えずに受け入れるしかないじゃん!!

……まぁでも、発注作業って楽しかったからいいんだけど。

ぶつぶつとひとりで言ってたわたしを、心配そうな目で覗きこむ香耶さん。
わたしは慌てて、再び笑顔を浮かべて言った。


「あ! 全然大丈夫です! わたしでよければ!」
「本当? よかった! なっちゃんなら安心―。でも、なにかあったらすぐに相談してね?」
「あ、はい。ありがとうございます」


……ちょっと、いや、だいぶうれしい。仕事を任されちゃった。

モップを握りしめ、そんな小さな喜びを噛みしめる。そのとき、香耶さんの目線が、ふっと奥に映ったのに気付いた。

……ん? どうしたんだろ。お客さんかな?

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