イジワル上司に恋をして
その視線を確認するように、わたしも振り向く。ガラスの向こうに確かに人影があって、『閉店した旨を伝えにいかなきゃ……』と思いながら、ゆっくりと視線を上げていった。
すると、その〝お客さん〟と目が合い、軽く手を上げた人にびっくりした。
「にっ、西嶋さん……?!」
だって、まさか、来てくれるなんて想像もしてなかったから。
あまりに驚いて、モップを手から滑らせちゃったほど。
その様子を見て、わたしよりも先に落としたモップを拾いあげた香耶さんが、ニヤニヤして言う。
「なっちゃんの彼氏?」
「ちっ! ちちち、違いますっ! 大学の先輩でっ……」
「ふーん……そうなんだ」
「残念」と言いながら、わたしに目配せをして席を外してくれた香耶さん。
手渡されたモップを慌てて立て掛けて、出入り口へと駆け寄った。
香耶さんたら……! 「残念」ってなにがですかーっ!
入口の鍵を開けて、そっとドアを押す。
ガラス越しだから、すぐに目が合っちゃいそうで、目のやり場に困っちゃう。
「あ、あの……ど、どうしたんですか……?」
「今日で忙しいの終わるって、前に聞いてたから……ちょっと気になって、寄っちゃった」
スーツ姿の西嶋さんは、たぶん仕事帰り。
それなのに、わざわざ自分なんかのところに立ち寄ってくれるなんて信じられない。
うれしいとか、そういうのよりも先に、驚きが勝ってしまって。