イジワル上司に恋をして
思い返せば、この前の、西嶋さんとのゴハンの帰りにバッタリ会ったとき。あのときも、帰り道が、『途中まで一緒なんですよ。な?』なんて聞き方してきて。
有無を言わせないような物言いに負けちゃう、わたしもわたしだけど……。
「……〝香耶さんの〟役に少しでも立てるなら。そう思っただけです」
「本当に?」
「え……」
間髪いれずに問われると、ドキリとしてしまって言葉が出てこない。
その間も、黒川は、深く黒い瞳を、真っ直ぐとわたしに向けている。
「それだけの理由だっていうなら、がっかりだ」
途端に冷たい瞳に変わり、突き放すように嘲笑う。
それがなんだか、すごく悔しくて、むかついて……淋しさに似たものを感じて。
「…………ました」
「は? 聞こえない」
「やりがいもあって! 楽しく感じてました! だから、引き受けましたけど、なにか!」
上司にこんな口調で言い返すなんて、普通ありえないと思う。
仲が良い関係ならまだしも、わたしとコイツはそういう間柄ではない。
でも、普通の上司と部下という関係でもない気がする。
コイツは、周りに素顔を隠して……猫を被って仕事をしてて。なんの因果か、わたしの前だけ、こんなふうに地を出す。
反対に、わたしの妄想癖を知ってるコイツの前で、わたしは取り繕うことをせず、ありのままで向き合ってる。
――〝だから〟っていうには、かなりこじつけ感があるけど。
でも、そんな〝素〟のままでいる関係なのに、わたしばっかりわからないことが多すぎる。
自分で自分がなにを思ってるのかわかんない。
混乱したわたしの瞳に、ゆっくりと弓なりに上がる口角が映る。
そして、それは2度目の出来事。
「初めからそう言えよ、お子様」
不覚にも、『目が奪われるってこういうことなんだ』なんて思ってしまった。
少し前の、試食会を提案したときに見せた笑顔。
でも、今のは、それよりも少し……いや、もっと、黒川に近づけた気がするほどの……。
〝素の笑顔〟――……?