イジワル上司に恋をして
わたしの頭に浮かんだ映像。
それは、今日のアイツの笑った顔だ。
今までは、大抵……いや、ほぼ毎回。片側の口角を上げたり、眉を吊り上げたり。鼻で笑ったり、冷ややかな目で見下ろしながらだったり……。
とにかく、〝普通〟に笑いかけられるなんてことはありえなかった。
だからこそ、今日と、この間のアイツの違いに気がついたんだ。
その笑顔は、ほんの一瞬で姿を隠してしまった。
すぐに嫌味なくらい、キリッとした表情に戻って、さっさといなくなってしまった。
――今や、幻の笑顔。
ドンッ! と、背中に衝撃を受けて我に返る。
「あぶねーな」と、追い越しざまに小さな声で言われたわたしは、びっくりして目を点にした。
『あぶねぇな』とかって、まさしくアイツが口走りそうなその言葉。
そう思って、自分の前をずんずん歩いて行ってしまった男の背中を見つめるけど、わたしが想像した背中ではなくて。
思わず、口を手で抑えて立ちつくす。
――わたし、いつの間に、考えることがあの男のことだけになってるんだろう。
「鈴原さん」
「……!」
ポン、と今度は肩に触れられた感覚に、びくっと体を震わせ振り向いた。
「あ、ごめん。驚かせちゃった? 店の中から見えたから、出てきたんだ」
「あっ……に、西嶋さん」
「なんか、しばらく立ち止まってたけどどうかした? 具合悪い?」
「い、いえ! その……わ、忘れ物! そういえば、会社に忘れ物しちゃったなーって思い出して」
苦し紛れの言い訳を口にして、愛想笑いを浮かべる。
西嶋さんは、まるでわたしのウソに気が付いているかのように、じっと見て言う。