イジワル上司に恋をして
「忘れ物? 大丈夫? 取りに行くなら付き合うよ」
「全然大丈夫です! 大したものじゃないので!」
「そう?」
べつに、なにかを疑われてるわけじゃないはずなのに。顔を覗きこまれるような仕草と、その真っ直ぐな西嶋さんの目にドクドクと心臓を鳴らしてしまう。
なるべくいつも通り。平静を保つようにして、ニコッと笑顔を意識すると、彼は少し屈めていた姿勢を元に戻した。
「じゃあ、とりあえず移動しよっか」
ホッと胸を撫で下ろしながら、また今度は違う緊張感で表情が固くなる。
「移動」……! そりゃそうだよね。立ち話なんてありえないもんね。だとしたら、またどこかで食事でも一緒するのかな?
なんか、今日はさっきの黒川との会話のこともあるし、妙に緊張感が……3割増しくらいな気が。
「なにか、食べたいものって決まってた?」
西嶋さんに問われたわたしは、ふるふると、小さく何度も首を横に振って返事をする。
「じゃあ、今日はおれのセレクトで。いい?」
「も、もちろんです」
「ちょっとだけ歩くけど」
そう言われて、彼の隣に並んで歩くこと、約10分。
街中のとあるビルに足を踏み入れ、エレベーターを降りる。
雰囲気の落ち着いたお店がすぐ目の前にあって、「ここ」と西嶋さんに案内された。
店内に入ると、すぐ目の前はバーカウンター。
それが10席程度右奥へ伸びていて、その奥には4人掛け席が見える範囲で4席あった。
わたしたちは、カウンターの真ん中あたりに案内されて、少し高めのカウンターチェアに落ち着いた。