イジワル上司に恋をして

「いえいえっ。ちょっと驚きましたけど! べつに……」


べつに、それはそこまで大事(おおごと)なことではなくなってる気がするし……。どちらかと言えば、それよりも黒川とのやりとりの方が大事件なんですが。

……なんて、当然言えるはずもなく。

わたしはただ黙って笑顔を作ると、コトリと目の前に置かれたオレンジ色に染まったグラスに手を添えた。
すると、彼も、自身の前に用意されたグラスを手に取り、浮き上がる気泡を見つめながらぽつりと言った。


「……この前の別れ方が、ずっと引っ掛かってて」


それは、前回の別れ際に黒川と遭遇し、そのままわたしはヤツと帰る羽目になったときのことだ。
あのときのことを思い出すだけで、何とも言えない微妙な空気と思いになってしまう。

なにも口に出すことも出来ないわたしは、まるで時間が止まったかのように。ただ、グラスに触れてる指先から、冷たさだけを感じとる。


「ちょっと……いや、かなり、悔しかったから」
「……え?」


それって、いったい……?

思わず、気まずさも忘れて顔を上げた。
すると、バツの悪そうな……というのか、照れ隠しっぽいというのか。そんな泳いだ目で、頭をがしがしと掻く西嶋さんの姿があって。


「……いや。その、あの人に、鈴原さん持ってかれた感じになったから」


「持ってかれた」って。実際は全然そんなことではなかったんだけど……。
……ていうことは、なに? 遊んでたのに、途中でおもちゃを取られた、みたいな子どものような心境で……ということなのかな。それとも……。
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