イジワル上司に恋をして
「……前に、サークル内で。そういう噂聞いたことあったので、つい……。確かに、西嶋さん、由美に話し掛けにきたりとか多い気がしたし……あの、なんかすみません」
いい気はしないよね。そんなふうに、当時観察されていたなんて。
目を逸らすように頭を下げ、そのままカウンターを見つめていると……。
「……それ、すげぇ恥ずかしいじゃん」
ぽつりとそんな言葉が飛んできて。
そのあとしばらくなにも喋らないから、恐る恐る顔をあげたわたし。
怒ってるかな? 呆れているかな? なんて思いながら視線を向けた先の彼は、大きな手で、口だけじゃなく鼻まで隠すように覆ってた。
そして目を閉じ、少し苦しそうな声を出して言う。
「……もう言っちゃうけど。それ、由美ちゃんじゃなくて、鈴原さん」
「……は?」
由美じゃなくて、わたしって……。
少し考えてたら、西嶋さんの目が開いていた。その目と視線がぶつかると、恥ずかしそうにもう一度口にした。
「由美ちゃんじゃなくて、本当は、鈴原さんと仲良くなりたかったの!」
「あーもうカッコ悪ィ」とか言いながら、頭を抱えてる西嶋さんは見えてるけど、わたしはもうフリーズしてしまってなにも言えなくなっていた。
……だ、だって……。だって、嘘でしょう……?
じゃあ、大学(あ)のとき、わたしがもう少し本気になって、勇気を出してたら今頃は……。
呆然としてたら、ちょうどそのタイミングで注文していたフードが来た。
コトッとわたしたちの間に置かれた白いお皿。わたしたちは、口を閉じたまま。湯気が立ちのぼる、トマト色のパスタに視線を注ぐ。
微妙な空気が耐えきれなくなったのは、わたしのほう。
「あ、食べましょうか! わたし、お腹空いちゃって……!」
「……うん。冷めるし、食べよっか」
どうして自らいい流れを断ち切ってしまったんだろう。
……きっと、ただ。ただ、こんな状況に直面したことなんてほぼないから!
それでも、どこかで話が中断したことにホッとしてるわたし。
あれだけいつも、頭ではめいっぱい甘い想像をしておきながら、いざ、現実に起こりそうなときになると、それを拒んでるみたいに――。
……なんなんだろう、わたしって。
自分で自分がわからなくて、心の中で溜め息を吐く。
せっかくの夜景も、カクテルも、お料理も……西嶋さんとの他愛ない会話も。全部に集中できないまま、時間だけが過ぎていった。
そして、その時間、西嶋さんは告白の話に触れることなく……。