イジワル上司に恋をして
「……今の! もしかして、黒川さんの女の人じゃないですか?!」
美優ちゃんが「女の人」と言ったのは、〝彼女〟ではなさそうだということを、なんとなく感じてのことなんだろう。
わたしも、そう思ったから。
「それか、あの雰囲気だと……元カノってセンもありますね」
それも、昨日思ったことだ。
だって、あの人、黒川のことを親しげに「優哉」って呼んでた。
今は変わったとしても、過去にアイツがあの人と親しくしていたんだろう。そうじゃなきゃ、アイツのあの性格で「優哉」だなんて呼ばせることをしなさそうだ。
昨日は冷たくあしらっていたけど、名前で呼ぶことを許すほどの相手。
それを許していた当時、黒川は一体どんな顔で、どんな声で、どんな仕草で。
彼女のことを相手にしていたのだろう。
あんなヤツでも、仮面じゃなく、本当の笑顔を見せたり、心から優しい言葉を口にしたりしたのかな。
どんなふうに、愛を囁くんだろう――。
「……さん。すーずーはーらーさんっ!」
「えっ! あ、ごめん! なに?」
「携帯。鳴ってましたよ? たぶん、メールかも」
「え? あ、本当? ごめん。マナーモードにするの忘れてたかも」
制服のポケットに視線を向けられて、美優ちゃんに指摘されたわたしは慌てて携帯を取り出す。
とりあえず先にマナーモードにしなきゃ。こんなところ、アイツに見つからなくてよかった。
すぐさまマナーモードに切り替えようとしたときに、美優ちゃんが言っていたメールの送信主が表示されていて、思わず手が止まってしまう。
……いけない! 今は職務中!
自分で自分に注意するようにしながら、設定を変えてポケットにまた戻した。
素知らぬ顔で、いつもどおりに仕事をこなしているように見せかけるけど、わたしの心臓は、バクバクとしたまましばらく止まなかった。