イジワル上司に恋をして
「おはようございます!」
「おはよう」
休憩室にカバンを置きに入ると、香耶さんがいて挨拶をする。
カバンをいつもみんなと置いているフリ―ラックに並べると、香耶さんと目が合った。
「なっちゃん。なにかいいことあった?」
「ええっ?!」
「あ。その反応はアタリ? だって、なんか頬が緩んでる」
にんまり顔で指摘されてしまったわたしは、思わず両手で頬を抑えてしまった。
「い、いや……いいことっていうか……べつにそんな」
「そろそろ朝礼やるけど」
突如、香耶さんの向こうから姿をぬっと現して言ったのは、一日ぶりに見るアイツ……黒川だ。
「あ、はい。わかりました」
香耶さんはすぐに返事をして、事務所の方へと行ってしまって。また、わたしはコイツと二人きりになってしまう。
「……おはようございます」
渋々、挨拶を建前でするけど。してやるけど。
それなのに、上司という立場のコイツはなにも返さないってどういうこと? ほんっと性格疑うわ。
ただ、ジッと見られて居心地の悪いわたしは、ふいっと目を逸らす。
黒川のブルーのネクタイを見て、ハッと思い出した。
そうだ……! 昨日、黒川に会いに来た人がいたんだった!
それに、その女の人は、一昨日黒川と一緒にカフェにいて……そこで、たまたま居合わせて――。
「わかってると思うけど」
ネクタイの結び目から少し上に視線を向けると同時に、喉が動いて聞こえてきた。
そのまま顔を上げていき、再び目を合わせたときにわたしが言う。
「……〝余計なことは言いません〟」
どうせ、あの女の人のことを誰にも言うなって言いたいんでしょ?
先読みしてそう言ったわたしを、少し目を大きくして見下ろす。それからヤツは、「ふっ」と鼻で軽く笑った。
「……ならいい」
短く吐き捨てると、黒川は香耶さんが戻って行った事務所へと消えて行った。