イジワル上司に恋をして
そのセリフに口をあんぐりとさせてしまったのは言うまでもなく。
「ばっ、バカじゃない?! そそそ、そっちこそ!」
なぜか、必死でそれを全力否定したわたし。
見上げる首が痛い。それは、黒川がさらにわたしに近づいてきているっていうことで――。
……キスを連想させる。
でもまさか、営業中のココで、そんなこと……!
邪な記憶と共に、涙目で上を見る。
すると、ゆらりとわたしの顔に影を落とし、真面目な声色でヤツは言った。
「オレ? ああ。妬いてるよ。オマエを翻弄させるのは、オレだけだと思ってたのに」
……な、なにごと……?
真剣な眼差しと、艶やかな声で紡いだ言葉は、コイツから想像できないくらいに甘いもの。
目を大きく開いて黒川を見る。
ヤツも、じっとわたしを見つめる。その整った顔立ちに、性格の悪さを忘れてしまいそうになる。
ドキンドキンと、勝手に心臓が騒ぎ始めたとき。
「――なんて、な。……くくっ。その顔。マジ笑える」
片側の口角をいやらしく上げて、歪んだ笑みを浮かべた。
「本気にした? 〝なの花ちゃん〟」
「……! 人の名前を勝手に呼ばないでよ!」
きっと、西嶋さんの呼び方を真似たんだ、とすぐにわかった。
耳まで熱いのは、その呼び方で冷やかされたから……じゃない気がする。
でも、その先を追及するのが怖いから、とりあえず黒川に心から『早く消えて』と思って睨みつけた。
それを受けたヤツは、わたしの渾身の睨みにも涼しい顔をして、事務所へと去って行った。