イジワル上司に恋をして
「ちょっとした旅行気分を味わえるかなと思って。勝手に決めてごめん」
「大丈夫です。江ノ島なんて、しばらく遊びに行ってないかも」
「そう? それなら良かった」
あああ……。だめだ。その笑顔が間近にあるだけで、こうも緊張するなんて。
繋がれた手はなんだか感覚ない気がするし、未だにこういう関係になったことが実感湧かない。
――でも! アイツに言われたあのひとことがグサリと刺さったし。「もう少し〝大人っぽく〟てもいい気もするけど?」って、意外に堪えたみたいだ……。
あれが悔しいから、デートで女子力アップを謀ってやる!
謎な意気込みをしつつ、列車に乗った。
隣に並んで座るのですら、なんだか違和感を感じつつ、落ち着かなかった。
それでも、西嶋さんが話題を上手に振ってくれて。会話は弾んでいたと思う。
何度か一緒に食事をしたときと同じような、大学のときの思い出話とか、西嶋さんのおうちの話とか。
仕事の話にももちろんなって、その話に当然アイツのことが出るわけじゃなかったけど、どうしてもわたしの頭にはヤツの存在があった。
それは、前から気になっていたこと、ということでもあったし……。
『気になっていることがあって』
『僕の予想していた通りだと思います』
お店に出向いてくれたときに、黒川に向かって言っていた言葉。
その意味が未だにわからなくて、なんなのかと思いつつ、ずっと胸にしまってた。
それを聞こうにも、やっぱり勇気が出ない……。
大体、わたしには通じないことが、西嶋さんと数えるくらいしか顔を合わせてないアイツには通じてるみたいだったっていうのが納得いかないんだよね。
アイツにわたしが負けてるみたいでなんか悔しい。
だから、当然、アイツに聞くなんて言語道断。
もしも聞くのなら、やっぱり西嶋さんに――……。