イジワル上司に恋をして


駅に着いて、少し歩いたところに水族館がある。
どうやら今日は、そこが目的だったようで、人の流れに合わせてわたしたちも入館する。

時折立ち止まったりして眺めて歩き、ショーを挟みながら水族館を楽しんでいた。
その間も、彼はわたしの手を優しく握って。


「わぁ。クラゲ!」


ここに来たのは、オープンしたときに家族で。確か小学生か中学生くらいだったから、どんな感じだったかうろ覚え。

青々とした空間に、ゆらりゆらりと泳ぐクラゲ。
その不思議なゆったりとした世界に足を踏み入れた途端、思わず口が開いてしまった。

ドーム状の天井を見上げていたわたしに合わせて足を止めてくれる。
顔を元に戻すと、西嶋さんは、中央の球体の中を泳いでいるクラゲを見ているようだった。


「なんか、ここだけ時間の進み方が違って感じますね」


あまりにゆらゆらしているから、こっちまで気持ちがゆったりとしてしまって。
すると、西嶋さんが目を丸くしてわたしに振り向いた。

きっと、ヘンな表現したから驚いてるのかも……。

そう思うと、なんだか恥ずかしくて咄嗟に余計なことを口走ってしまう。


「あっ。あー、その! 仕事してると時間って早く過ぎる気がして! 最近、鬼上司のせいで、常に緊張感と闘ってるし! こんなふうに穏やかな空気なんてしばらくないから」


そうそう! アイツの存在のおかげで、わたしの緩やかな時間と平和な心がしばらくご無沙汰なのよ!

目の前をふわりと通過するクラゲを眺めながら、うんうんとひとり頷く。


「……なるほどね」

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