イジワル上司に恋をして
「あれから、職場では大丈夫?」
「へっ……? あ、ああ! だ、大丈夫ですよ! 元々そんな気にするようなことなかったですから! ちょっとアイツが厳しいだけで」
「『アイツ』……ね」
「油断してたら、突然姿を現して。ほんと、気が抜けないんですよ。いちいち突っかかって来るし……」
ぶつぶつと、アイツに対する文句を言い始めたら止まらない。
不貞腐れるように、もはや独り言の域で呟いていると、風に乗って聞こえた言葉にフリーズしてしまう。
「この前。あの人がなの花ちゃんのお茶の話をしてきたでしょ。あれ、内心穏やかじゃなかったな」
目を丸くして、右隣の西嶋さんを見る。
彼は笑ってなくて、真剣な顔だった。だから、今のセリフが冗談めいたものではないことがわかる。
「すごい、妬ける」
風に靡いた前髪の隙間から見える目。
それは、さっきの水族館のときの空気を思い出させる。
同時に、わたしの中に思い返されたものがもうひとつ。
『妬いてるよ。オマエを翻弄させるのは、オレだけだと思ってたのに』
まるで、わたしがいつも妄想していたような、胸を鷲掴みにするような言葉。
嘘だってわかってる。わたしをからかっただけの、〝セリフ〟だったって。
でも、今もこんなに心臓が跳ねあがってるっていうのはなんなの?
あんな真剣な眼差しで。吐息が触れるくらいに近づいて。
それでいて、耳に残るあの低音をそんなふうに響かせられたら――……。