イジワル上司に恋をして
声にならない驚き。そして、あっという間に、進行方向に逆らった通路に引き込まれる。
……な、なに?!
がっしりと腕を掴まれた手から、即座にその手の主を確認する。
「……は。……え、えぇっ?!」
驚き過ぎて、なにを言っていいかわからないっていうのは、こういうことなのか。
呆然とだらしなく口を開け、ただ、瞬きをしきりにしながら見上げた先にいるのは……。
「……よぉ。また会ったな」
怪しい表情は薄暗い通路のせい? ……いや、それだけじゃない。
フッと片眉を上げる、その笑い方――……すごい、屈折した顔してますけど!
「く、黒川……さん……」
黒く怪しげに光る瞳が間近にある。
それは、わたしと黒川さんの距離がそれだけ近いってことで――。
なにがどうなってるのか全然わからない。
だけど、黒川さんはそんなことお構いなしとでも言わんばかりに、腕をしっかりと拘束する。そして、わたしの顎に手を添えると、上を向かされた。
「“夢、見過ぎ女”」
「はっはぁ?!」
もうあと少しで鼻先が触れるというほど。
そんなシチュエーションに、今、わたしが、現実に! 立たされているなんて!!
「そういうの、なんつーの」
「な、なに……」
「ああ。“妄想女子”?」
「くくっ」と意地悪い笑い声で言われて、顔が赤くなる。
こっ、こいつ……あの日のわたしの話、聞こえて――――!
ようやく、“新部長”とあのバーで会った男が同一人物だと理解して、応戦しようと試みる。
でも悔しいことに、腕を振りほどくことも、離れることも出来なかった。
「ちょっ……離れてっ。一体なにを――」
「ああ。じゃあ、こういうことも、妄想済み?」
必死なわたしとは反対に、まるで子どもと遊んでるような余裕顔で、そいつはあの低い声で囁いた。
綺麗で嫌味な笑みの顔から目を逸らせずにいると、睫毛が瞳を隠すようにゆっくりと下を向き始める。
そのまま、失礼な発言をした黒川さんの唇が近づいたとき――――……。