イジワル上司に恋をして
そこまで言いかけて、彼女は口を閉ざした。
まぁ、確かに。この人が言いたいことはわかった。
地の顔を見せてるわたしが、ヤツの彼女(トクベツ)だと思ったってことね。なるほどね。
でも、ということは、裏を返せば。
その本性を見せてるこの人だって、今はどうかは置いておいて〝特別〟な存在なんじゃないの?
そんなことがふと頭を過った。
「ああ、お仕事中にごめんなさいね? わたし、吉原香澄(よしわらかすみ)って言うの。あなたは……鈴原さんって言うのね」
吉原さんは、元のように柔らかい笑顔を浮かべて、わたしのネームプレートを見て言った。
「よろしくね」
――えっ。
なぜ、わたしが「よろしく」と言われるんだろうか。
そう思ったのが、口に出さずとも顔に出ていたんだと思う。
吉原さんは、「くすっ」と笑って付け足した。
「わたし、また優哉に会いに来るから。そうしたら、またここで会うと思うし」
「あ、ああ……はい。よろしくお願いします……」
腑に落ちないけど、社会人の挨拶みたいなものと受け止めて、とりあえず同じように返しておいた。
すると、ニッと勝気な笑顔を残して、吉原さんは帰って行ってしまった。