イジワル上司に恋をして
「な……に、泣きそうなツラ、してんだよ……」
さすがにこんなわたしを目の当たりにしたら、ヤツも動揺を隠せないようだった。
当然だ。私自身、意味不明なこの感情にうろたえてるっていうのに、アンタが飄然としてたら心底人間性疑うわ。
「なっ泣いてなんかないし!」
「じゃあその赤い目はなんだ? オマエの正体はウサギ人間か」
「はぁ?! 意味わかんないし!」
「オマエ嘘下手なんだから黙ってろよ」
「あ! まさか、それが理由でわたしになにも言わないつもりなんじゃ!」
「バカか。だったら、オレの本性知るオマエなんか、とっくにどーにかしてるっつーの」
ど、どうにかって……!
いや、でもアンタ、すでに〝どうにか〟したことあるじゃん……二度も人の唇奪っておいて……。
誰もいない医務室なのをいいことに、ぎゃあぎゃあと騒いでたけど、黒川にされたことと、今ここにはふたりきりということを思い出してわたしが口を噤んでしまった。
しん、と水を打ったように静まり返った部屋。
「今日は、悪かったな」
沈黙を破った黒川のその言葉に顔を上げた。
その謝罪の言葉は、わざとらしいものが全く感じられなかったから。
だけど、黒川がどんな顔して謝ったのかを見ようにも、肝心な時には顔を背けていたからよくわからない。
でも、すぐに顔を元に戻し、なんなら憎たらしい表情まで健在のままヤツが言った。
「……ウサギは淋しがりだからか」
「は……?」
「甘やかしてくれそうなカレシを選ぶのは」
腹黒らしからぬ、ウサギの話。
そんなことに呆気に取られたのも一瞬。ムカツク笑いと共に言われたことが、なんだか的を射た気がしてしまって上手く言葉が出てこない。