イジワル上司に恋をして
「正直にいうけど」


本当は具合なんか悪くない。
けど、ふらりふらりとした足取りで、わたしはアパートへとなんとか帰宅した。

ドサッとカバンを床に置いて、二人掛けの小さなソファに腰を下ろす。
そして、おもむろにそっと触れたのは自分の唇。


自分の指が下唇に触れたときの感覚と、あの医務室での感触とではまるで違う。
もっと……柔らかくて、熱くて……胸を鷲掴みされるような勢いだった。
それは、時間が経った今でも簡単に思い出せるくらいに、わたしに強烈に刻みつけられた……オトナのキスだ。


そこに、軽快な携帯の音が鳴って、一気に思考を引き戻される。

ドクドクと驚き跳ね上がった心臓を片手で抑えるようにして、カバンの中から携帯を取り出した。


に、西嶋さんだ……。


画面を見て一瞬躊躇う。
今はもう、彼氏なのだから、こうして電話が来るのもおかしなことじゃない。
でも、どうしても今は話が出来るような状態じゃない。


……ごめんなさい!


心で謝って、そのままコールが切れるのをただ待った。それから数コールで音は止み、ホッと胸を撫で下ろす。
沈黙した携帯を、カタッとテーブルに置いて、膝を抱えるようにソファに横たわる。
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