イジワル上司に恋をして
「6名様、ご案内でーす」
大きな声と、近づいてくる大勢の足音に、黒川さんはぴたりと止まった。
そして、すっと背筋を伸ばしてわたしの腕と顔を解放する。
わたしは咄嗟に掴まれていた腕に手を添えて、息を潜めるようにしながら、その団体が過ぎ去るのを待った。
「――ふ。残念」
俯いていたわたしにひとこと言うと、ニッと口角を吊り上げた。
「ま、“妄想女子”相手なら、これで口止めは十分か」
「く、口止め……?」
「オレのこと、誰にも言うなよ? せっかく、あのキャラ保持して仕事してきたんだから」
きゃ、キャラ!? じゃあ、やっぱり“こっち”がホンモノの……!
「バラしたら、今の続き――オマエの妄想以上のこと、やっちまうぞ」
「……!!」
わざとらしく、去り際にわたしの唇に指をあてていく。
その感触がずっと残る気がして、これでもか、というくらいに口を拭ってやった。
『妄想済み?』。
小馬鹿にしたようなその言葉が、今になって頭を廻(めぐ)る。
――ば……バカにしてっ!
あいにく、本性がわかったアンタで妄想するほど、わたしはヘンタイじゃないんだよっ!
誰がアイツで妄想なんかしてやるかっ。