イジワル上司に恋をして
そんな中、香耶さんの元気ない声に黒川がはっきりと答えた。
黒川の言う「正直」っていうのがものすごい気になる。
アイツの本心とかって、今まで聞けた試しないし。あの謎だらけの男の心の中が少しでも覗ける絶好のチャンス。
今まで以上に耳を澄ませて。
ヤツの声を拾うのにここ最近一番の集中力を発揮しようとする。
「……他に、いる。最近気になるのが」
さっきよりも少し、小さな声で。けれど、弱々しいものではなくて、芯の通ったように、はっきりと。
確かに黒川は言った。
「他にいる」……?
……アイツが。性格悪くて、唯我独尊みたいなヤツが。自分以外の誰かが「気になる」??
あまりに拍子抜けしてしまって、唖然としてしまう。
そして、すっかり気を抜いていたわたしの肩に掛けていたカバンがずり落ちて、中身がガチャッと音を立ててしまった。
――ヤバッ!!
その瞬間、背筋をぴんとさせ、すぐさまカバンの肩紐を両手に握って一目散に来た道を戻る。
背中越しに、ガチャッとドアが開いたような音が聞こえた気もするけど、振り向く勇気なんかないからひたすら前だけを向いて走った。
ショップを出て、人がパラパラと行き交うロビーに出ると、足を止める。
たった少しの距離だとは思えないほど心拍数が上がってる。……いや、これは、走ったからじゃなくて……黒川の言葉でドキドキとしたままの心音だ。
ふと、ホテル入り口の大きな窓から空を見上げた。
どんよりとしていた雲が、ますます暗さを増していて、ついに雨が降り始めていた。
「……憂鬱」
思わず、今日まだ仕事が始まる前だと言うのに、大きな溜め息と共に口から漏らしてしまった。